貨幣に関するダム理論と日本経済、及び不動産との関連について

                                                                                                                   
                                            古明地 秀行

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 日本の地価はバブル崩壊後下落の一途を辿っており、日本経済も停滞に次ぐ停滞で一向に回復の兆しが出てこない。 なぜこのような状況になってしまったかについては、いろいろと論評がなされている。

 改革が不十分であったためだとか、思い切った不良債権の処理がなされなかったかめだとか、税制に問題があったためだとか、 ベンチャー企業への配慮が足りなかったためとか、などなどである。以下、筆者はこの長引く不況を、貨幣に関するダム理論と これに関わる地価から説明することを試みたい。そして、さらに不動産コンサルティングとの絡みについても触れてみたい。


U、貨幣に関するダム理論と日本経済

 近年、日本経済も急速にボーダレス化へと進んでいる。技術、資本、人材、企業活動、金融等々、年々国境の垣根が低くなって きているのである。これらのうち、特にここで問題にしたいのが金融である。
 かっては、流通している貨幣を国内に留める国境という高い堤防があったが、今は経済のボーダレス化に伴って、国境の堤防としての 機能が次第に失われてきているのである。このため停滞した景気を浮揚させるために、金融当局がゼロ金利政策を取っても、 量的緩和政策をとっても、マネーは必ずしも国内に留まって国内でそのほとんどが流通するとの保証はなくなってきているのである。 高いと予想される運用利益を求めて、海外にマネーが流出してしまったのでは金融緩和の政策効果はあまり期待できないことになって しまうのである。

 そこで必要になるのが、「貨幣に関するダム機能」である。では何がダム機能たり得るのか。主なものは、地価であり、株価であり、 郵貯であり、年金基金等々であろうか。
 地価として、株価として、あるいは郵貯として日本のいわゆる「貨幣のダム」にストックされた 貨幣は、新規産業の創出とか、新技術の開発とか、設備の更新とかに使われ日本企業の基盤強化に資することになるほか、 個人消費の原資となって、今は衰退しきっている個人消費を刺激することにもなるし、新しい雇用の創出にもつながるのである。と同時に、 この「貨幣のダム」は不良債権ゆえにすっかり国際競争力が萎えてしまっている日本の金融分野の体力回復への栄養剤ともなり得るの である。
 中国等の台頭で物作り分野での国際競争力が相対的に失われつつあるわが国にあって、その競争力を維持するためにも、 そしてわが国にあって相対的にこれまで以上に重要となるであろう金融分野の復権と国際競争力強化のためにも、 産業界への絶え間ない円滑な資金の供給が用意されている「貨幣のダム」が必要なのである。

 それはちょうど我々の生活に不可欠な 生活用水が支障なく供給されるためには、森林ダムが必要であったり、コンクリートダムが必要であったりするのと同じである。
 「貨幣のダム」効果によって国内の産業活動が活況を取り戻し、個人消費も元気になった暁には、当然税収も増え財政改善への足場 もつくられるこことになるのである。ちなみに、米国のこれまでの経済の活況についてもこの「貨幣のダム」理論での説明が可能であると 思われる。米国は国策として海外からの貨幣の呼び込み政策をとり、その貨幣が株価という「貨幣のダム」を大きくさせ、そこから流れ出た 貨幣が新規産業を生み、個人消費を拡大させ、いわゆるニューエコノミー現象を生み出したと思われるのである。 結果として、税収も増え財政赤字の解消にも成功したのである。

 しかし、このダムもあまりにも大きくなりすぎると決壊する危険を孕むことになる。日本の戦後最大のバブルはこの「貨幣のダム」が膨張し すぎた結果と見ることができよう。予め放水すべきだったにもかかわらず放置し、マスコミの尻馬に乗って突如過剰に放水を始め、 しかも執拗に「貨幣のダム」の破壊をし続けてきた。これがバブル崩壊後の戦後最大の出口の見えない不況の原因となったと見ているの である。
 他方、米国については、2年ほど前までの株価の異常な上昇に対しては、大方の識者はニューエコノミーによってもたらされたもの であり、バブルとは無縁であるとの見方であった。しかし、その一方において、すでにバブル化しているとの見方もなされていた。 筆者はバブルとみていたが、顧みるとバブルとするのが妥当と思われる。このバブル現象に対して米国の政策当局はどのように出たか。 むしろ、日本とは逆にバブルを如何にして維持するかに神経を使っていたように思われる。 つまり、株価という膨張した「貨幣のダム」の収縮を如何にして抑えるかに神経を使っていたように思われるのである。

 日本の政策当局はというと、米国とは逆にマスコミの主張を天の声とするかのように、マスコミの声に従って「貨幣のダム」の収縮を促す 数々の愚策を矢継ぎ早に実行に移してきたのである。それらのうちの最悪の愚策が土地税制の改革にあったと見ているのである。 それは土地保有コストの異常な引き上げである。残念ながら、数々の失敗にもかかわらず、今もってすべからく改革は善であり、それへの 反対や、それへの修正は悪であるとの悪しき虚構は健在そのものである。
 以下、このことが日本経済を如何に破壊してきたか、不動産業に対して如何に大きなダメージを与えてきたか「貨幣のダム」理論の 観点から簡単に述べることにする。


V、「貨幣のダム」としての地価

 バブル期までの日本経済の発展期にあっては、余剰資金は預貯金として金融機関に預け入れられるほか、 不動産や株式などの購入とかに充てられてきた。戦後バブル期まで土地、株いずれも一時的な下落はあっても、 趨勢としてその資産価値は上昇し続けてきた。
 そこで、新規事業に必要な資金、研究開発に必要な資金、設備投資や事業拡大に必要な資金は土地を担保に容易に銀行から 調達することができた。銀行側としても、貸出先が仮に破綻しても、提供して資金は担保に取っておいた土地から回収することができ、 貸出資金が不良債権化する危険性は極めて小さかったのである。

 このように貨幣の需要者、供給者いずれに対しても、土地は有用な「貨幣のダム」としての機能を果たしてきたのである。
バブル後、マスコミによる土地叩きが始まり、これに呼応するがごとく固定資産税の評価基準の大幅アップが方針として打ち出されてきた。 さらに、これに追い討ちをかけて、やはりマスコミ先導による、一層の土地下落を誘う収益還元法重視という不動産評価における 評価基準の変更や、不良債権の早期処理が打ち出された。

 これらによって、地価はバブルによる行過ぎの是正を超えた底なしの下落へと向かうことになったのである。 地価の下落は株式の下落も誘い、こうして「貨幣のダム」は縮小の一途を辿ることになった。
 この縮小によって、金融の超緩和政策下にあっても、銀行の貸出残高は伸びず、一方不良債権は雪だるま式に増加してきた。 このような現状に対する認識は、経済の専門家によっても、政策担当者によっても全くなされておらず、見当はずれの、 更に事態を悪化させるような、つまり更なる土地の下落を呼ぶような処方箋ばかりが改革の名のもと、 もっともらしく出されてきたに過ぎなかったのである。 こうして日本経済も日本の不動産業界も回復するどころか、出口のない不況の深みに嵌まっていくばかりとなったのである。

 日本経済の復活も日本の不動産業の復活も、仮説「貨幣のダム」の如何に大きく依存していると主張したいのである。そして、 その「貨幣のダム」への最大の言わば水源となっているのが日本においては地価であると言いたいのである。
 以上ののような考察のもと、当然不動産コンサルティングにおいてもこの「貨幣のダム」理論は応用することができるであろうと考えている。 以下このことについて述べることにする。


W、「貨幣のダム」理論と不動産コンサルティング

 土地税制の改革(改悪)で土地の保有コストが跳ね上がり、遊休マネーの土地への流入がいっきに減少し、 これが土地に対する仮儒の門を閉ざし、土地取引の流動化の最大の阻害要因となり、さらに「貨幣のダム」の縮小をもたらしたとみる ことができる。ちなみに、これまでの土地取引の流動化対策はこの仮儒への認識が全く欠けており、結果として効果は無であると言ってもよい。
 顧客の立場に立って、土地の有効利用、不動産投資、不動産売却などのコンサルティングをするにあたっては、 上に述べてきた「貨幣のダム」理論が1つの評価基準として十分に機能しうると考えているのである。

 一般に「貨幣のダム」の拡大局面においては、不動産への投資が顧客の利益に繋がるであろうし、それの縮小局面においては、 早めの不動産の売却が顧客の利益に繋がるであろうとの判断をすることできるのである。
 上に述べたように、「貨幣のダム」の拡大、縮小は国の政策の有り様に大きく左右されるのであるから、さまざまな国、 地方の政策とそれの「貨幣のダム」に及ぼす影響については、適切なコンサルティングを行うのには目が離せないのである。 また、マスコミからの情報の利用についても、一方向への情報操作が行われている懸念も念頭におき、 それを鵜呑みにすることなく十分咀嚼してから顧客に提供するよう心がけるべきであろう。

 勿論、「貨幣のダム理論」は、どこまでも1つの事業遂行上の判断基準にすぎないのであって、 実際には、顧客の個別事情等、他の要素とも絡めてことを進めなければならないのは言うまでもないことである。(平成14年1月)

コメイジ ユニバーサル(有)の不動産